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「イースタン・プロミス」 (2007年/英・加)

随分昔に「デヴィット・リンチ ワールドへの招待」と題し、さも続篇があるかのように書いておきながら放置してしまったという苦い経験(→反省)を踏まえて、「デヴィット・クローネンバーグ 鬼才監督の系譜」と冠した複数部構成の記事を書こうかと思ったが踏みとどまった(→再度反省)。

と云うことで、純粋に「イースタン・プロミス」のみを話題にする。
この作品、はっきり云って個人的に本年度公開映画ベスト5に入ってくるだろう秀作だと断言できる。
それほどにデヴィット・クローネンバーグ×ヴィゴ・モーテンセンが生み出した芳醇な香りと劇薬の妙味を醸し出す本作は、すごい。

クリスマス目前のある夜に運び込まれてきた瀕死状態の少女から女の子を無事取り上げた助産師のアンナは、そのまま死んでしまった少女の家族に赤ちゃんを届けてあげようと考えるが、手がかりは少女の日記ひとつ。その日記に挟まっていた名刺に記載されていたレストランに行ってみると一見温和そうな老人が迎え入れてくれるが、実は彼はロシアン・マフィアのボスだった。一体、赤ちゃんを産み落として死んでいった少女はロシアン・マフィアと如何なる関係があったのか......!? そして何かと助けてくれるマフィアのお抱え運転手ニコライ(;主人公)は一体何者なのか......!?

クローネンバーグの初期作品から鑑賞している者にとっては、前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』からの方向転換には少し驚いたことだろうし、実際そのような声が多く聞かれる(本作もしくは前作『ヒストリー~』からの鑑賞(予定)者は関係のないところだが、むしろ所謂「社会派」映画と誤解しないためにも、そしてより深い理解のためにも、初期作品の鑑賞は薦めたいところである)。
確かに一見したところの作風は目に見えて異なっている。B級ホラー的な要素は悉く後退しているし、独自と評された世界観に基づくグロテスクな(特に異様なまでに固執して描いてきた内臓)描写も見られない。その意味で当然、作風の変化は叫ばれうるところだろう。

しかし、本当にその根本からの方向転換があったと見なすことはできるのだろうか?

人は概して確固たる自己が存在していることを無意識のうちに前提とし、したがってその恐怖の対象となるのは外部からの干渉・侵食といったものを想定しやすい。それに対してクローネンバーグが描いてきたのは云わば内部破壊の恐怖といったものだった。その最たる表現が内臓描写として特に私たちの注目を引くことになった。
そこで思うのは、その衝撃性ゆえに私たちはそれを本来主張されたい範囲から逸脱して、肥大化させて認識していたのではないかということである。すなわち、確かに表現方法は変わったと云えるが、監督の根底に変わらず脈々と流れる意思は存在しているのではなかろうか。

『ヒストリー・オブ・バイオレンス』では記憶・過去といった、個人に内蔵される究極的なものを扱っていたし、今回の『イースタン・プロミス』では大筋を眺めてみると、マフィア組織の内部破壊のストーリーと云えなくもない。
だからむしろ直接的に独自性を主張する表現を間接的にする老練さと、その表現を回避することで際立つテーマ性と風格が加わったと見るべきなのではないだろうか。
つまり、結局云いたいことは、作風は“変化した”と主張されることには語弊があり、“進化した”と認識したいということだ。
まぁ、これ以上の細かい分析はディープになり過ぎるので避けよう。

最後に、この映画の数ある美点のなかから特徴的なものを二つ挙げておこう。
まず(ヴィゴが多分に貢献したと云われる)ロシア・マフィアの風習からロンドンの闇(イースタン・プロミセス=東欧組織の人身売買)に至るまでのリアルな表現と、それでも失われることのない優れた物語性(娼館やレストランの色使い(ここに監督独自の感覚は強く残る)や、ファミリーになるための承認審査シーン、そして語られることのない主人公の経歴等々)が抜群のバランスをもって鑑賞者の脳を絶えず刺激する。
そして計算されたように効果的なバイオレンスシーン。これがなければ実はとても甘い物語になっていたかもしれないところを、巧みに引き締めている。
特に既に言い種になっている風呂場の格闘は筆舌に尽くしがたい程の迫力がある。あえて最新の技術を使わず、古くからの人間の目線に立ったカメラワークと、冷徹な通常時と対比的に熱いファイトを果敢に挑戦したヴィゴに拍手を送りたい。

なるほど沢木耕太郎氏がエッセイでこの映画を「『ゴッド・ファーザー』を思い出させる」と評したのも頷ける。『ゴッド・ファーザー』シリーズのように三部作化を熱烈希望!
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● COMMENT ●

私もこの重さに秀作を感じました。

この映画、中々渋く、重い雰囲気が良かった。
おっしゃるような「芳醇な香りと劇薬の妙味」、この刺激がたまりませんでした。

ある意味日本の任侠映画を感じたのは私だけだろうか...

長い長い間、当ブログを放置していたため折角のコメントにも返礼することができず、誠に申し訳ありませんでした。

おっしゃる通り、ある一面で任侠の世界観が感じられますよね。ただ、その任侠的な面と並立して極めて純粋な恋愛映画の面も存在することがこの映画の類稀なるところでしょう。


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晋撰堂

Author:晋撰堂
晋撰堂は京極夏彦の京極堂シリーズにかぶれていた頃に命名。
自分の名前にも由来していますが、文化的娯楽作品から気が向いたものを取り上げてレビューを書いていこうと思います。たまに雑記と称して日々の雑念も放出します。
ただ問題は、ほとんど更新をしないということ。休眠状態を常としている現状ですが、もっと気軽に書けるよう努力してみようかと思ったのも、本日の気の迷いかもしれないです……

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