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「真珠の耳飾りの少女」 (2003年/イギリス・ルクセンブルグ)

1665年のオランダ――父親が失明してしまい家族を支えるために女中奉公に出ることになった17歳の少女グリートは画家フェルメールの家で働くことになる。そして真面目に働くグリートは次第に複雑なお屋敷事情を知ることになる。フェルメールの才能を高く買う大奥方、独占欲の強い奥方、いじわるな娘、気難しい芸術家フェルメール、そして屋敷に出入りするスケベなパトロンと親分肌の女中頭(?)。そんななか、グリートはその美的センスを買われ、密かにフェルメールの仕事を手伝い始めるのだが......

アート系の映画というものに対する個人的な興味は尽きないものだけれど、残念ながらその手の映画は制作陣の独りよがりな自己満足に染まってしまい、概して不出来だと感じられてしまうものが多い。しかしながら、この『真珠の耳飾りの少女』はそね不名誉な定説から一線を画している。
果たしてその要因とは何なのだろうか?

思うに、一人の(アート志向の)監督が題材となる一人の芸術家を選ぶという時点で、既に自己を重ね合わせてしまいがちだ。そして映画を作り上げていく過程で、思い入れはどんどんと増していく。そして、いざ映画が完成されてみると他人に理解の余地を与えない自己完結的な“傑作”に仕上がっている。

しかし先ほども述べたように、当該作品はこの難を逃れている。
その一つの大きな要因は、主人公をフェルメールその人にせず、彼が描いた少女にしたことだ。そのため稀代の芸術家フェルメールは、少女の目を通していくらか客観化される。その意味で、女中奉公に来た何も分からない少女が、仕事を学び、奉仕先の家族模様を静かに観察し、畏怖すべき存在であった主人から絵を学び、終にはその主人に思慕の情を抱くといった過程を軸に描かれていることは、こちらの予期した物語と異なるものとなり面白い。

また加えて演出の妙は、少女とフェルメールが(あくまでプラトニックではあるが)官能的な関係に陥っていく中で、奥方はいきり立ち、嫉妬の炎に狂う。一方少女は自らの立場を鑑み、一歩退いたまま冷ややかにそれを眺めているように見えるが、心の中では言い知れぬ葛藤が渦巻いているのだろう――その時限り自分を想ってくれている青年のもとを訪れる。この対比が見事。もちろんこの少女を好演したスカーレット・ヨハンソンの功績も大きい。
またそんな混乱する家族関係の中で、もう一人静かに、しかし切実に嫉妬している者――フェルメールの幼い娘の存在が作品に奥行きを与えていると云えよう。

画家が絶えず日常の風景を絵画として切り取ろうとしているように、監督こだわりの美しい油絵の如き映像が彩るこの映画は、時としてはっとするほど純粋で、また時としてぞくっとするほど官能的な世界を展開してくれる。この西洋絵巻物に酔いしれることは必至であろう。
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晋撰堂

Author:晋撰堂
晋撰堂は京極夏彦の京極堂シリーズにかぶれていた頃に命名。
自分の名前にも由来していますが、文化的娯楽作品から気が向いたものを取り上げてレビューを書いていこうと思います。たまに雑記と称して日々の雑念も放出します。
ただ問題は、ほとんど更新をしないということ。休眠状態を常としている現状ですが、もっと気軽に書けるよう努力してみようかと思ったのも、本日の気の迷いかもしれないです……

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